緩和ケアは「生命を脅かす病に関連する問題に直面している患者とその家族のQOLを、痛みやその他の身体的・心理社会的・スピリチュアルな問題を早期に見出し的確に評価を行い対応することで、苦痛を予防し和らげることを通して向上させるアプローチである」と定義されている[WHO Definition of palliative care. Worldwide Hospice Palliative Care Alliance: Global Atlas of Palliative Care 2nd Edition. https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/palliative-care]。
診断前から病状が重度に進行した後まで「あらゆる段階」で、「がん/非がんに関わらず」「あらゆる苦痛」に適応されるべきケアとされている。呼吸器では多くの生命を脅かす疾患が含まれている。慢性閉塞性肺疾患(Chronic Obstructive Pulmonary Disease、COPD)は日本の死因の上位に含まれている。
2019年度の日本における死亡総数に占める割合は1.3%、男性では2.1%であり男性の死因第8位に相当する[令和元年(2019) 人口動態統計月報年計(概数)の概況]。特発性肺線維症(IPF)では生存中央値が2-5年程度と悪性腫瘍に匹敵する予後不良疾患である[Nathan SD. Chest. 2011 Jul;140(1):221-229.]。その他にも呼吸器には多くの緩和ケアの対象となる疾患がある。
緩和ケアは一般的に担癌患者(がん・悪性疾患にり患した患者)を中心に発展してきた。癌を患った患者へのケアは薬物、非薬物、社会的支援、家族へのグリーフケアなど多くの側面で発展している。適切な治療を行えば70%程度の患者は大きな苦痛なく過ごすことができ、遺族の90%以上は緩和ケアへ満足していることが報告されている [青山真帆. 遺族によるホスピス・緩和ケアの質の評価に関する研究3 (J-HOPE3). 遺族によるホスピス・緩和ケアの構造・プロセス・アウトカムの評価. https://www.hospat.org/practice_substance3-top.htm]。
しかし、非がん疾患では緩和ケアが疎かになっていることが問題となっている。呼吸器疾患に限っても、肺癌だけでなくCOPD、IPFを始めとして多くの生命を脅かす非がん疾患が含まれている。その中でも代表的なCOPDではがんと比較して非がん疾患は適切な終末期治療やケアが受けられず、侵襲度の高い治療を受ける割合が多い [Katsura H. End of life care for patients with COPD. Nihon Rinsho. 2003 Dec;61(12):2212-9.]。同報告では症状の種類に差はあるが、より長期に渡り症状を経験していることも見られる。Episodic breathlessness / dyspnea crisisといった発作的な呼吸困難についてはCOPDにおける呼吸困難は肺癌より程度が強く、より長時間続き、日夜関係なくおこることが報告されている[Weingärtner V. Palliat Med. 2015 May;29(5):420-8.]。それにも関わらず、緩和ケアチーム依頼における非がん疾患の割合は3.9%のみである[日本緩和医療学会. 2018年度緩和ケアチーム登録(2017年度チーム活動)]。非がん患者においても良質な緩和ケアが提供されることが大切であり、それを担える存在としてホスピタリストや呼吸器疾患に携わる呼吸器専門医が担っている。
昨今、当院を含む多くの施設ではがん患者については緩和ケアチームなどを含めた介入が積極的になされているため、本項では当科で取り組んでいる非がん呼吸器疾患の緩和ケアを中心に記載する。
予後予測が困難なため、予後をもとに緩和ケア対象者を選定することは難しい。詳細は後述。
詳細は後述。
Quill TE, Abernathy AP. Generalist plus specialist palliative care – creating a more sustainable model. N Engl J Med 2013; 368:1173.を中心に一部追加
※話し合いは必ず患者中心である必要がある
特に患者自身の自己決定が困難となった際の対応についての話し合い(Advanced care planning, ACP)は早期に開始していく必要性がある。患者の病状への理解は乏しいにも関わらず、病状の悪化への不安があり、呼吸困難による苦痛と死について心配しているが医療者と相談できている患者は少ない[Gardiner C. Palliat Med. 2009 Dec;23(8):691-7.]。
予後評価は今後の疾患の進行や起こりうる問題を事前に予測し、事前に対応策を話し合うことを可能にする。どのような領域においても予後評価は大事な要素だが、疾患の完治が望めない領域ではより一層重要な役割を担うことになる。積極的に緩和ケア的介入を導入する一つのきっかけにもなる。様々なデータや経過をもとに判断することになる。
しかし、慢性呼吸器疾患を含む非がん疾患領域では、病状の緩徐な進行、急性増悪と改善を繰り返す経過から予後予測が難しいという背景がある。その中でも評価に使用される代表的なツールの一部を記す。
Trajectory curveは患者や患者家族のみならず、医療者にとっても病状把握に有意義である。当科ではこういった報告をもとに積極的に病状を視覚化して情報共有を行っている。
[Lunney JR. JAMA. 2003;289(18):2387–2392.をもとに作成]
肺癌などの悪性疾患は余命6ヶ月以内に症状や機能障害が顕著になる。緩和ケアと治療は同時並行に開始される。一般的に機能障害の少ない時期には緩和ケアの比重は少なく疾患の治療を行い、全身状態の低下時には治療継続困難となり、緩和ケア中心となる。
非がん患者は適切な治療で数年以上、機能障害や症状が持続することがわかっている。経過中に急性増悪を繰り返す。急性増悪は治療で改善の可能性があるが、適切な治療にも関わらず死に至る可能性のある状態である。特にIPFの急性増悪では院内死亡率が50%、集中治療を要した患者では90%にも及び[Ryerson CJ. Eur Respir J. 2015 Aug;46(2):512-20.]、急性増悪後の中央生存期間は3~5ヶ月と言われている[Collard HR. Am J Respir Crit Care Med. 2016 Aug 1;194(3):265-75.]。比較的全身状態の良い状態から急激に生命の危機に至るため、安定しているときからの病状の理解や急性増悪に対する事前の準備や意思決定が大事となる。
原疾患に対する治療が症状緩和に寄与することも多く、一般的には疾患の治療を最後まで緩和ケアと並行して行うことが多い。しかし、治療反応性や治療効果が乏しくなってくるため、治療によるメリットとデメリットと天秤に常にかけながら適切な時期に治療をより非侵襲的なものに移行したり、中断したり検討する事がある。
目の前の患者がどの経過をたどるかを理解し、曲線のどこに位置するのか評価することで適切な緩和ケアのバランスを提供する参考になる。日常診療において、具体的な緩和ケアについて評価/検討するきっかけとなりうるタイミングを下記に示す(非がん呼吸器疾患を中心に記載)。
[Bourke SJ. Clin Med (Lond). 2014 Feb;14(1):79-82.などを参考に日本の添付文書記載用量用法に基づき内容を変更した]
※持続静注は溢水による呼吸困難のリスクとなるため避ける
※オピオイドはモルヒネ経口30mg/日相当以内に留める。30mg以上で死亡率が上昇[Ekström MP. BMJ. 2014 Jan 30;348:g445.]。
※腎機能障害時などモルヒネの使用を避けたい場合はオキシコドンを使用することがある[日本緩和医療学会編: がん患者の呼吸器症状の緩和に関するガイドライン(2016年版). 日本緩和医療学会HP]
表:がん、非がん呼吸器疾患の終末期医療の特徴
がん | 非がん | |
Trajectory curve | 数ヶ月で比較的急激にADLが低下 | 年単位で徐々にADLが低下し、急性増悪を起こすたびに一段と悪化する。 |
予後の推定 | 可能 | ・急性増悪などにより突然死亡するため予測が困難 →患者や家族が病状の認識が難しく、ゴール設定がしづらく、望む最後を迎えることが難しい。 →より意思決定支援が重要 |
末期の判断 | 可能 | 困難 |
治療の効果 | 明確な評価指標がある | ないことも多い |
緩和ケアへの注目 | 高い | 低い |
治療の中断の判断 | 基準が設けられている | 基準が設けられていない |
苦痛のある時間 | より短い | 長い |
当院呼吸器・アレルギー内科では疾患や病状の早期/進行期に関わらず緩和ケアの機会を患者が逸しないように、上記を含めた総合的な評価を行い、上述した各種介入を多職種(患者、家族、看護師、メディカルソーシャルワーカー、薬剤師、理学療法士や作業療法士や言語学療法士などを含めたリハビリ科、医師、緩和ケアチーム)で連携して行っている。改善困難な病態や症状を有する場合も含めて、ケアのゴールに対する話し合いを積極的に行い、情報共有を行っている。
また、こうした緩和ケアにおいて心理社会的苦痛の軽減のためにも患者本人とその最も親しい人たちを含めたチームで対応している。チームには当院のスタッフだけでなく、地域の医療機関からも参画を促している。最終的には急性期から慢性期に至るまでシームレスに対応することで緩和ケアを含めた全人的医療を提供できるよう努めている。