私たち、現役医局員に課せられた使命は大変幅広く、ときに過酷である。しかし、我が国の将来の医療を支える医師の卵の育成に従事できることは、医師の先達としては大変幸いなことである。それはなぜか?学生や研修医などの若者からはパワーや刺激を与えられるからである。自分たちが過去に学べなかったこと、知りたかったこと、経験したくても出来なかったことを、若いひとたちに提供することが可能だからである。彼ら、彼女らが良き医療人になった暁に得られる誇りと喜び、これは何物にも代え難い貴重な経験である。
本邦の卒前医学教育は明治維新から殆どその形態を変えずに続いてきた経緯がある。基礎医学を学んだ後に臨床医学を学ぶ順序、総論から各論に至る形式の科目ごとの系統講義、教員が一方的に学生に向けて口演する受動的な「座学」、すべての授業に出席とノート記述が求められる、など諸先生方が経験されてきた教育手法は現在、医学以外の学問領域ではもはや時代遅れになっている。一部の先進的な小・中学校では宿題の廃止、授業への出席確認をしないことなどの新たな試みが導入されている。こうしたold fashionedな医学教育を改善するため、学校法人昭和大学としては、現在、医学教育改革を推進している。医学教育学教室(泉美貴教授)のスタッフを軸として、教養学・基礎医学・臨床医学各分野の教育担当者が集まり、協議を重ね、来年度のカリキュラムから様々な新しい取り組みが盛り込まれる予定である。
つぎに卒後医学教育について概説する。2004年度から新臨床研修制度(スーパーローテート)が開始され、マッチングシステムを利用した研修医の配置が施され、若い医師は多忙な大学病院勤務よりも実地臨床の修練に多くの時間を割くことが可能な地域の医療機関を目指すようになった。こうした背景より、従来の大学医局制度は瓦解した、と報じられてきた。旧実地修練(インターン)制度から移行した従来の臨床研修制度では、医学部を卒業直後に専門性の高い部門に配属され、幅広い診療能力を有するgeneralistを養成することが困難である、と考えられてきたことも上記の経緯に拍車をかけた。
また、専門医制度を設ける学会が乱立し、その認定基準にバラツキが生じていると問題視されるようになった。上述の医局制度では名目上のサブスペシャリティの資格取得が比較的容易だった一方、基盤学会(内科学会、外科学会など)の研修に掛かる時間が不十分とする考え方が広がり、国民より「専門医の質がきちんと担保されているのか?」といった疑問が上がるようになっていた。これらの問題を解決すべく、2018年より学会主導ではなく中立な立場の第三者機関である日本専門医機構(2014年設立)が各分野の専門医を認定・更新する仕組みが構築され、運用が開始された。専門医試験のために必要な症例登録数を達成するには豊富な症例が集まる大都市圏の医療機関が研修先として望ましい、と考える後期研修医が増加することが予想され、医師の偏在が却って顕著化するのではないかと懸念されていたが、各都道府県で採用人数に上限を定めるシーリング(採用数上限のこと)が設定されたため極端な偏在はいまのところ生じていない。
最近のキーワードを図1に列挙した(図1)。前任者であった大西司准教授より教育担当責任者を2019年度より筆者が引き継ぎ、昭和大学の医学教育改革委員会・小委員会ワーキンググループと連携しながら新たな取り組みを導入してきた。図1のうち、
(1)問題解決能力を高めるトレーニングとしてICTデバイスを用いたシミュレーション実習を一昨年から始めている。
限られた実習・講義時間で膨大な資料の内容を網羅することは不可能である。
(2)WEB上の書店(生協)で電子教科書を購入のうえ、事前学修を必修化した。
教室ではなるべく事前学修内容の振り返りに徹している。学修状況は生協の開発したログ・アプリケーションを用いて可視化されており、「予習状況」を成績評価に加えることが可能となった。
(3)こうした取り組みは学生の自主学習active learningの促進に繋がり、真摯に医学を学ぶ姿勢や行動変容をもたらすものと期待している。
ほかにも、従来の医学部のカリキュラムでは教える機会が稀少であった「成人食物アレルギー」や「アナフィラキシーショックへの対応」を項目として採用したり、患者や家族への医療面談を模擬体験できるシミュレーション実習を試験的に開始したり、「古い殻を破る」努力を他の臨床医学講座に先駆けて行っているものと自負している。大学における内科学講座の一部門として、難治性アレルギーの研究を基礎・臨床の両面から推進し、かつ医学部生の卒前教育においてアレルギー疾患を十分に学べるようなカリキュラム作りを遂行している。一昨年より、医学部4年生~6年生の学生を対象に「アナフィラキシーショック」に対するシミュレーション実習授業を行っており、他の医学部にはない新たな医学教育の手法として学会・研究会などで現在注目を浴びている。とくに2020年に大流行したCOVID-19感染拡大(コロナ禍)のなか、臨床実習をオンライン化した取り組みが文科省より評価された(文部科学省 日本型教育の海外展開推進事業(EDU-Port)Body Interact®を使用した病院臨床実習に替わるオンライン臨床医学教育カリキュラム)。
Body Interact®を使用した病院臨床実習に替わるオンライン臨床医学教育カリキュラム
https://www.eduport.mext.go.jp/covid-19/educational/post-1.html (2020年10月23日閲覧)
文部科学省の「日本型教育の海外展開推進事業」(EDU-Portニッポン)に関する昭和大学プレスリリース
https://www.showa-u.ac.jp/news/nid00001733.html
図1
※Information and Communication Technology(情報通信技術)
医師初期臨床研修(医師は医師免許取得後2年間)において導入されている「研修希望者と研修病院の研修プログラムとを、研修希望者・病院の希望を踏まえて、一定の規則(アルゴリズム)に従ってコンピュータで組み合わせる」マッチングシステムと採用試験の組み合わせで昭和大学病院には優秀な研修医が全国から集まってきている。
現在、1年間を通してどの時期にも4~5人の初期研修医が1~2ヶ月間、呼吸器・アレルギー内科に配属され、呼吸器疾患、アレルギー性疾患、臨床腫瘍医学、感染症医学に加え、先進的な医療についても学ぶ機会が供されている。基本的診察、処置、投薬指示などの基礎的な経験を主に積んでもらっている。ほかに、気管支ファイバースコープや気道過敏性検査など当科でのみ行われている検査や胸腔ドレナージなどの処置は研修医より大変評判である。そうした貴重な体験を基に後期研修(専攻医)を当科で行いたいとする研修医が毎年コンスタントに入局してくる。働き方改革の一貫から、当科では研修医は土曜日を休日としており、ON/OFFのメリハリが効いた勤務体制を敷いていることや、女性医師が活躍しやすい労働環境を提供していることも若い医師達の目には先進的かつ魅力的な学び舎として映っているようだ。
従来は日本内科学会が認定していた認定医、専門医の取得が内科医の登竜門であり、学会が資格試験や更新に関わる事務処理を行ってきた。日本専門医機構が資格を統括管理するようになってからは、「国民目線に立った安全かつ安心な医療の質を担保する新制度へ寄与するため、十分に練られた研修プログラムの下、内科を専攻する医師(専攻医)が利便性高く、研修履歴及び実績を登録し、 審査を受ける仕組み」としてJ(JAPANの意)- Online system for Standardized Log of Evaluation and Registration of specialty training System(J-OSLER、じぇいおすらー)が構築された(J-Oslerの概要*)。
2020年1月現在で入局2年目の医師以下が同システムを利用した資格取得に挑んでいる。当講座では豊富な人材が揃っており、1名の内科指導医が1名の専攻医をマンツーマンで指導にあたっている。シーリングから外れた人材に関しては、昭和大学の関連地域医療機関や分院と協力し、極力、当講座で学修できる機会を増やせるよう配慮している。
現在、従来の内科認定医は(旧)総合内科専門医への移行(実質的な格上げ)を学会が推奨しており、「移行措置」として、出願時に求められてきた症例サマリーが免除され、筆記試験のみで受験が可能である。2020年度までと報じられてきたが、期限を延長する気配が見受けられる。
これまでに米国、中国、モンゴルから受け入れを行い、好評を博してきた。常に英語で指導が可能な医師(教員)が10名以上在籍しており、今後も積極的に外国人医学生・医師を受け入れやすい環境づくりに努めていきたい。
当講座における医学教育改革には、内田嘉隆医師の活躍が欠かせない。土屋静馬先生をはじめ、医学教育学の諸先生方には日頃より大変お世話になっており、誌面をお借りして心より深謝いたします。
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https://gemmed.ghc-j.com/?p=29169 (2020年1月10日閲覧)
https://www.naika.or.jp/nintei/j-osler/about/ (2020年1月11日閲覧)
鈴木 慎太郎(教育担当者、診療科長補佐)